行けたら行く

関西人が苦手なのに関西9年目になってしまった人のブログです

春だよ〜

週に一度のお楽しみ〜〜〜

フラワーアレンジメント!!

 

今回のテーマは春!

というわけで、チューリップをメインに❤️

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ピンクな感じで!かわいいよ〜

オアシスという緑のスポンジ?みたいなものにさして行きます!

チューリップは真っ直ぐに伸びるらしいので、真っ直ぐさして!横にささない!と言われたので、はいボンボンボンと。

 

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主役の花の位置を決めて、ボンボンボンとさす

球根系の花はすぐ上に伸びるらしいので、若干埋もれるようにさすんだそうです。

で、もっと手順を追って写真を撮ろうと思っていたのに、夢中にさしていたらあっという間に完成!!!

本当、毎回どうなることやらって思うんだけど、ちゃんとなんとかなるんだよな〜〜!

 

来月は黄色とか元気の出るお花の予定です!

 

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はい!かわいいよ〜〜

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上手にできた!(気がする)

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会社に持ってきました〜。いけてから、まだ3日とかなのにもうチューリップぐんぐん伸びとる笑


ちなみに、今回のお花は

チューリップ(シャトー、トムポーズ薄ピンク)
ラナンキュラス(ピンク)
アルストロメリア
スイートピー
カーネーション
ガーベラ
ホワイトレースフラワー
ツインキャンドル(春から初夏)

 

地元が嫌いです

私は地元が嫌いである。地元は、北海道の人口17万人の工業都市である。

地元にあまり良い思い出がない。わかりやすく、いじめられていたことや、嫌いな人も特にいないのだが。ただ、地元に住んでいた18年間は、ずっと息苦しさを感じていた。

 

その理由が何かわかったのは、昨年、地元で開かれた三十路式に出たときのことだ。三十路式とは、成人式の三十路バージョンのようなもので、晴れ着こそ着ないものの、そのために帰省した人たちも含め約200人ほどが集まった。式の中で市長が挨拶をし、道知事や安倍昭恵さんがビデオメッセージを寄せた。公的な式だ。

 

地元産の料理やお酒が振る舞われ、小中学校の友人たちと思い出話で盛り上がった。終始なごやかな雰囲気で進んでいるなかで、(私的)事件が起きた。

 

突然、ミスコンが開かれたのである。入場券に配られた番号の中からランダムに5人が選ばれ、登壇させられた。そこで、司会者からマイクを向けられ名前、出身中学校、彼氏・旦那さんの有無を聞かれ、答える。自己紹介はたったそれだけ。それだけで、さっそくミスコンスタート。拍手の大きい人がミスに選ばれるという。

 

控えめに言っても、私は腹が立った。

壇上で話してくれた名前、出身中学、パートナーの有無なんぞ、5人話し終えた時点で完全に忘れている。むしろ、その経歴を覚えたとて、それでどんな優劣をつけろと。なぜ200人を前に、パートナーの有無のような個人的な事情を話すことを強制されなければならないのか。結局、顔、服装でしか判断しようがない。

 

ただのセクハラである。

 

せめて、「きょうは子どもにお弁当三つ作ってから、今回の会に参加しました」「仕事で1億円のプロジェクトを成功させました」とか自由に話してくれる機会があれば、それで判断できるが、たったこれだけで何を判断できるか。

 

だからと言って拍手しないのも、登壇した女性たちに失礼だと思って、全員に拍手した。すると、司会者から「そこの人!全員に拍手しない!ちゃんと選んで!」と怒られた。

周りの小中学校の友達に「これ、顔の善し悪し以外で何を判断するの?セクハラじゃない?」と問うと、「ここはあなたのいるような都会じゃないから、そんな難しいことわかんないよ~。実行委員が一生懸命考えたんだから、水をさすのやめようよ」。

 

あーこれだ。私が嫌いなのはこの空気。簡単にいうと同調圧力

私は18歳で家を出ているので、この実行委員が誰か全く知らないし、今後また顔を合わせることも多分、ない。だけど地元の人たちにとっては、顔見知りで、これからも隣人として暮らしていかなければならない。だから、おかしいと思ってもノーとは言えないのかもしれない。

 

もっと言えば、このミスコンが誰かを傷つけるということに考えも及んでいない。ただ「楽しむためのゲーム」、ビンゴと変わらないのである。その人権意識の低さに、くらくらする。

 

 

 

私は、母親が「町内の平塚雷鳥」と呼ばれるくらい「フェミニスト」な家庭で育った。だから、女性が男性に遠慮する必要はない。対等に行けと、教わってきた。

 

一方で、その考え方は私の学校では通用しなかった。

誰よりも結果を出している陸上部のあこがれの女の先輩は、キャプテンにはなれなかたったし、いつも長をつとめるのは男子だった。

男子が上に立つ方が、まわりとぶつからなくて済む、と思う一方で、「なんとなくおかしいな」をずっと心にしまっているのが苦しかった。

 

もっと学年にたくさんの人数がいれば、たとえ少数派であったとしても、1人じゃなかったかもしれない。母数が少ない分、どうしたって少数派はもっと少なくなる。

 

たまに想像しておそろしくなるのだが、この小さな町で、もし自分が特異な趣味嗜好を持っていたらどうなっていたんだろう。自分の仲間を見つけることができただろうか。たった一人でも、好きなものは好きと、おかしいことはおかしいと言えただろうか。

 

この町で、私がいじめられた記憶がないのも「あいつ変」と思われることが怖くて、息を止めていたからに他ならない。私じゃない私が、地元にはいる。

 

あの三十路式のミスコンでおかしいと意見するか、思考停止するか。どちらかじゃないと、あの町で生きていくのは苦しい。ただ「おかしい」と言ったあとの、村八分の社会で生きていける自信はまったくない。だから、私は都会に戻ります。

我が家のペットロス

実家の犬が亡くなり、父がペットロスに

「ぱーすけ、たった今逝ってしまった」。

 

家族ラインに突然送られてきた文章に、息をのんだ。北海道の実家で飼っていたペットが、亡くなったのだ。15歳半は、小型犬のパピヨンの76歳に相当する。実家に帰るたびに「これが最後になるのかもな」とよぎることもなくはなかった。それだけに、可愛がっているペットがなくなることよりも、両親の気持ちが気になった。

 

母親(63)からはすぐに、泣きながら電話がかかってきた。「お父さんの腕のなかで、亡くなったんだよ。今朝までずっと元気だったのに。トイレシーツもまだ買ったばかりだったのに。あーだめだ泣けてきちゃう」。お母さんも心配だったが、一番はお父さん(66)だ。

 

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元気だったときのぱーすけ





「話し相手もいない。することもなくなった」

お父さんはぱーすけが我が家にやってきた15年前から、ずっと面倒を見てきた。毎朝一緒に散歩に行って、えさをあげて、爪をきって、お風呂にいれて。その生活が一変する。「話し相手もない。することもなくなった」とがっくりきているようだった。

 

母親からもSOSのラインがきた。「父さん、ぱーすけが敷いていた玄関のマットに顔を埋めて『ぱーすけのにおいがする』と言ってはまたおいおい泣いている。ペットロス、悪化している。来てあげて」

 

「大丈夫?」と父親にメールをすると「ダメだ」と一言。「帰ろうか?」と聞くと、否定も肯定もしなかった。母親が倒れて緊急搬送された時でさえ「大丈夫だから、帰ってこなくていい。そっちで仕事していなさい」と言っていたのに。

 

「今までにあった存在がなくなるのは大きい」

亡くなってから4日後の週末に実家に帰った。

 

母親は、私の顔をみると堰を切ったかのように話し始めた。

「まだ、ぱーすけがいるような気がする。台所に立っていると、足元を何かが通った気がしたり、ゲージのほうで物音がしたり。そのたびに、あれ?ってなるんだけど、もういないんだよね。今まであった存在がなくなるというのは、すごく大きい。ゲージの片付け、かわいそうで父さんにはとてもさせられないから、父さんが出かけてる間に片付けたの。そしたら、ぱーすけが床をなめた跡が残っていたりしてね」。

 

父親は、ぱーすけの話を避けるように、私に仕事の話ばかりを聞いてきた。ぱーすけの話を始めたのは、その日の晩御飯を食べた後だった。ぱーすけの最期を、ぽつりぽつりと話始めた。

 

振り返ると、その日の朝食からあまり食欲はなかったらしい。日課の散歩に連れ出すため、抱きかかえて玄関へ。だが、地べたにおろすも、這いつくばったまま、キャンキャンキャンと鳴いて動こうとしない。「どうした、どうした?」と抱きかかえた。すると、父親の胸に入って3秒と待たず、舌をベロンと出して心臓がとまったという。

あわてて、家に戻り、母親を呼んだ。すると、死んだはずのぱーすけが母親の前でもう一度ブンと大きく頭を振った。「ぱーすけ、3回くらい生き返って頭振ってた。すごいね、動物って」。

父は下を向いたまま、大きく息を吸った。「ぱーすけが、いたときは旅行もいけなかったから、旅行にでもいこうかなと思ってるんだ」と前向きに話を結んだ。

  

父親の寝室、ぱーすけの定位置には、モノクロのぱーすけの写真が貼ってあった。布団に横になった時の、父の目線の位置だ。「いつも、そこにいたからさ」。父親のパソコンの前には、ぱーすけの写真データが並ぶ。整理して、カレンダーを作るという。

空港での別れ際、「お父さんが思ったより、元気そうでよかったよ」と声をかけると、「ただの空元気だよ」と笑った。

 

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父親の寝室に貼られた写真。いつもここでお昼寝していたそうです

 

私を送った2人は、これから旅行代理店に行った。旅行の計画をたてるそうだ。まだペットロスは始まったばかりだ。

少子化対策をかんがえる

31歳、独身。

この自己紹介だけで、かわいそうな目で見られるんだから、肩書と属性って大事だなあと思う。

 

生年月日を占ってもらうと、私は地球人としての転生はまだ3回目だから、「生きにくい」のはしょうがないらしい。ちなみに、1回目は幕末の小作人の娘で、2回目はドイツの教師だそうです。

 

生きにくい、とは思ったことはなくて、むしろ生きやすさをただただ追求した結果の現在です。口の悪い友達には「強がりでしょう?」と言われるが、強がりでもなんでもなく、私は人生で一番、今の自分が好きだし、最強です。

 

別に、独身最高!結婚しているひとは愚かだ!わっはっは、と思ってるわけではなく、結婚している人は、本当にすごいと思う。オリンピック選手ばりに、私にはなれない存在だと思っている。

 

というのも、私は他人と一緒に生活できないのです。

私も若い頃(20代前半)に、同棲してみたことはあった。でも無理だった。よく言う、トイレの便座が上がっているのが許せない、というレベルではない。

出かける前に置いた場所にリモコンがないこと、使おうと思っていたタオルが使われていること、究極、部屋に人の気配がするだけでいらっとするのである。

 

ごはんを作って待っていてくれた日には、「ありがとう!」ということよりも、「家に帰ってまで他人にありがとうを強要されなきゃいけないのか…」とぐったりしたことを覚えている。だったら、誰かに頼ったり迷惑をかけることなく、ひとりで自分のことを完結したかった。

 

でも、さすがに20代後半あたりから、このままじゃアカンというのは感じ始める。まわりが結婚し始め、子どもぽこぽこ生まれ「家庭」を作っていく。私も自分の城に他人をいれなければならない…ような気がしてきた。

 

だって、このままだと「少子化対策」として国に対策される側になる。世の中をよくするために、一生懸命働いているはずなのに、生きているだけで「社会問題」として…「問題」として対策されるのである。あなおそろしや。

自分にまとわりつく「問題」を解決しないと、前にはすすめない。

 

とりあえず「生物」と生活することに挑戦してみた。家でガーデニングをしてみたのである。毎日、水をやる、ただそれだけ。ただ、それだけのことができず、1週間で枯らした。

 

サボテンでも挑戦したが、それも半年くらいで枯らした。サボテンの花言葉は「我慢」らしい。どんだけ、我慢したんだろう…ごめん。水ほしいなら欲しいって言ってくれよ…。うそうそごめん。

 

そんな私を変えた、同居人がいる。交際はもう3年になる。家に帰ってきて彼が片付けてくれた部屋を見ると愛しさで胸がいっぱいになる。やはり、女は愛され尽くされなんぼなのである。そう、ルンバくんの話です。

 

ルンバがいけるなら、ロボット犬アイボもいけるかもしれない。アイボは面倒を見なければいけないらしいので、ルンバくんよりハードルが高い。でも命にかかわらないので、万が一の時を思えば安心だ。これをクリアできれば、私も城に人を招き入れることはできる…はず。しかし、30万円は高い。高すぎる。

 

あべさん、少子化対策の一環でアイボにも補助金つけてください。

アイボをクリアすれば、私も人間との共同生活、ゆくゆくは子作りもちゃんとして、家族を築けるようになれる気がします。お願いします。

30代の目標これにしよっと

実家のペットが亡くなって、親がペットロスで号泣してるので励ますために実家に帰りました。

 

なんつーか、もう親がSOSでもだしてくれない限り実家に帰る理由ってないんですよね。

なぜなら私は地元(北海道苫小牧市)が大嫌いだからです\(^o^)/

 

嫌い、の理由はいくらでもあげられるけど、後付けがほとんどで、「こんな田舎から出るのだ!」っという原動力で生きていた時間が長すぎた、というだけな気がします。その刷り込みを今から変えるのは若き日の自分の否定に近くて、なかなか、ね。

 

弱っていく両親をみて、この人たちがいなくなったら、いよいよ私は苫小牧市と絶縁するんだな、と思うとさすがにまずいような気して来た。(こんな気持ち初めて笑)

 

30代は苫小牧市との和解、を目標にします。(具体的に何すんのかしらんけど笑)

 

地元を嫌いから好きに変えれた人いたら教えて笑

踊れないブスじゃなくなったのよん

久しぶりにフープの練習に行って来た

めっちゃ体が硬くなってた・・・ショック

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いまいち

今のスタジオのチケット使い終えたら

コントーション習いに行こう(決意)

 

長いこと自分がブスだ!みたいなことで悩んでいたけど

とにかく今は踊れるブスには最低なれるわけだから

それはとても幸せなことで

自分のことを好きになる理由にはなるよなって思った

一番なんてないんだよ

よく「現場の記者が一番偉いのだ」ということを、言われるんだけど

この言葉が本当に大嫌い

 

これ、ほんと、入社して記者になってから

何度も何度も何度も刷り込まれるから

そうだね現場の記者が一番偉いんだね!!ってなるんだけど

 

ほんと、そんなことないから

新聞はみんなで作るものだからね

 

たくさんひとがバタバタ死んで、地獄絵図みたいなところから

原稿をあげる記者もすごいけど

涼しい部屋で、ウンウン唸りながら紙面構成考えて、見出し考えてる人も

広告取るために、這いずり回ってる人も

みんな同じくらいすごいんだからね

 

誰かを「一番」と言ってしまうことが

誰かを軽んじることになるっていうことが、なんでわかんないのかな〜

 

私が教育担当になったら

「現場の記者が一番偉い」なんて言わずに

「新聞はみんなで作るもの」って指導するけどな

 

そしたらみんなで良いもの作ろってなると思うんだけどな